2004年3月11日
* 世界の食卓から(第5回):chopping board(俎)

・朝ごはんの音
 朝、「トントントントントン」。この音を聞いて何を思い浮かべるでしょうか?欧米人なら「ドアをたたく音」もしくは「階段を下りる音」と答えるでしょう。では日本人は?ほとんどの人が「葱を切る音」を想像したのではないでしょうか?
 これをまな板の上で包丁を動かす音、と思うのは日本人、あと、おそらく中国人、韓国人、台湾人くらいだと思われる(アジア諸国の旅行経験が少ないため、他のアジア諸国についてはわかりませんが)。そう。日本人にとって、まな板はなくてはならない必需品である。

・なんでも丸かじり
 では欧米ではまな板は使わないのか?厳密にいうと「日本人よりは使わない」のであるが、私から言わせると、「ほとんど使わない」のだ。じゃあ、どうやって野菜を切るの?というと、答えは簡単。切らない。皮は皮むき器で剥く。私は彼らがりんごの皮を剥いているのを見たことがないし、ま、ニンジン、ジャガイモの皮を皮むき器で剥くこともあるが、まあ剥かなくても問題はない。ニンジンを、馬のようにポリポリ丸かじりする姿を目にすることは、決して珍しくない。(あちらのニンジンは日本のゴボウくらいの太さで、皮を剥くとほとんどなくなってしまう、という理由もある)。
 近年日本にも入って来た「りんご切り器」を見てもらってもわかるだろう。りんごの皮こそ剥けないけれど、芯を抜くと同時に8等分に切れるあれです。彼らにしてみれば、あれは大変親切な道具。だって、芯も抜いてくれるし、8等分に切ってくれる。皮を剥く必要はない。基本的にりんごはまるかじりなのだから。レタスはちぎるし、あちらのキャベツは包丁では切れないほど硬いので、切ることはない。(あの硬いキャベツをどうやって料理に使っているのか、未だに不明。お好み焼きや繊切りキャベツなんてありえない)。だいたい、野菜をそんなに食べない。

・オーストリアに住む友人いわく
 ヨーロッパのスーパーで野菜がたくさん出回るようになったのはここ30年くらいの間だそうです。
 それまでは野菜と言えばジャガイモや人参・玉葱が主で、白菜や、もやしなどが普通に手に入るようになったのも最近のことです。従って、野菜嫌いもたくさんいますし、魚を食べない人もいます。
 以前、寮に住んでいたとき、ドイツ人が何を食べているのか観察してみました。
 が、3日間冷凍のピザを食べていました。(さすがに種類は違っていましたが・・・)
 これは極端ですが晩御飯はKaltesessen(冷たい食事)が一般的です。
ハムとチーズ、紅茶にトマト、クラッカーなどです。

・・・・・・。晩御飯にクラッカー。そういえば、スイス人の友達の家に泊めてもらった時、晩御飯がプラムパイだったことがあった・・・・・。

・おいしいけど、そんなに食べられない。
 ドイツで料理を注文した際に、ついてくるジャガイモ。皮のまま、丸のまま、ごろんと皿に乗っかってくる。ドイツのジャガイモはおいしい。しかし、1個も食べるとお腹がいっぱいになり、他の料理が食べられない。ジャガイモを注文したのか、料理を注文したのかわからなくなる。

・やまんばもビックリ。切れない包丁。
 包丁はほとんど使われない。使ったとしても、まな板を使わないのだ。まな板を使わない程度にしか切らない。だから、ほとんどの家庭の包丁は驚くほど切れない。まさに「カット」するというよりは「チョップ」と言う表現がぴったりだ。そう。だから英語でまな板は「カッティングボード」ではなく「チョッピングボード」なのだろう。(肉を「チョップ」する為、という使い道もあるからだろうけど。)包丁を砥ぐための、これがシャープナーです。剣のような道具があるが、切れ味はたいして変わらない。「ストーン・シャープナー」という砥石に似たものもあるが、使っているのをみたことがない。活躍ぶりが、日本の「砥石」とはえらい違いなのである。

・名誉の言い訳。
これです。 これだけ説明すれば、前回、アメリカの料理人のたまご達がりんごの皮を剥けなかったわけがわかっていただけたと思う。きっと「ウサギりんご」を見せると感動され、「かつらむき」なんてやった日には、割れんばかりの拍手喝采に違いない。

・飾らない食材を飾り切り。
 どんなにフランス料理の器が綺麗だと言っても、どんなにイタリア料理の色彩がカラフルだと言っても、おせち料理の中にある、質素ともいえる食材に懸ける心遣い。ねじり梅、花蓮根、松かさくわい、亀甲椎茸、花ゆりね、ゆずの松葉切り、こんにゃくの手綱切りなどなど。他の国の料理で、食材そのもの(味付けではなく)にこれほど手間をかけているものは見たことがない。決して派手ではない色彩の中に、贅沢ではない食材の中に、自分たちなりの気持ち、という味をつける日本人の料理人の、妻の、母の気持ちが代々受け継がれていくことを切に願う。

**それぞれの写真にマウスポイントをあわせると説明が出てきます。